銘木と歴史

正倉院宝物に使われた珍材

正倉院宝物とは

正倉院宝物とは、正倉院に収められる伝世古群です。聖武天皇の意思で1300年に渡って大切に伝えられてきました。当時の美術工芸品が、色彩鮮やかに、ほぼ当初の姿のままで正倉院(741~750年建立)に現存しています。
9000点に登る膨大な宝物の内95%ほどは奈良時代(710~784年)、日本で制作されたと考えられています。
特に由緒ある宝物には『国家珍宝帳』(756年の聖武天皇四十九日に献納された宝物群)と呼ばれる宝物リストが付属しています。そこには、名称、数量、寸法、重量、材質、技法や由緒に至るまで、詳細な記録が記載されており、現存する9000点の内の百数十点は、宝物リストとの照合が確認できています。世界的に類を見ない宝物群は学術研究や文化教育にも利用され、1998年には正倉院がユネスコ世界遺産に登録されました。

現代に残る海外の宝物との違い

たんに古いだけであれば、海外にはより古い遺産や宝物が残りますが、それらは一旦土に埋もれたものを後になって掘り出した土中古がほとんどです。対して、正倉院宝物は9000点すべてが今日に至るまで人の手から人の手へ大切に伝えられてきた伝世古です。その点が決定的に異なります。

なぜ9000点に登る宝物が残ったのか

1.天皇体制の一貫

1000年以上前の美術品が、制作当初の状態で残る例は古今東西見渡しても非常に珍しく、これだけ膨大な量の美術品が劣化せずに残る類似例は見当たりません。日本以外では、天皇という一つの政権が勢力を維持するという例が見られず、政権が新しく取って代わるタイミングで、過去の遺品群が破棄・処分されてきたという歴史があるためです。

2.長期保管を見据えた環境整備

宝物とはいえ自然素材のため年月とともに朽ちてしまうのが通常です。
正倉院の造りは、校倉造りと呼ばれる地上と建物に空間を確保した構造です。そのことにより、風通しが良く湿度が年間を通して上下せず、御物を保管する環境として最適でした。
また宝物を保管には杉の箱が使われました。杉には調温調湿作用があることから、保管される宝物が当時の状態を維持できたと考えられています。

宝物の素材や樹種

1.素材の種類

正倉院宝物には、金・銀・銅・鉄・骨・木・竹・漆・絹・麻など様々な素材が使用されてます。
また、珊瑚(さんご)や瑠璃(るり)、真珠なども使用されています。

2.樹種

宝物に使用される樹種には、杉、ひのき、榧、一位、高野槙、欅、桑、樫、たも、シオジ、桐、楠、柿、朴、桜、梅、イスノキ、楓、ナツメ、黒檀、紫檀、鉄刀木、カリン、白檀、沈香など多様な種類の木材が使用されています。
使用される樹種の特徴しては、硬く丈夫、高い耐久性、美しい模様や色、香りのほか、宗教的な儀式や祭典において使用され神聖な意味を持つとされてきた樹種や海外(古代インドや中国)で評価される材種が選ばれています。木彫の装飾品、漆器、木箱、書物などの宝物が多数残っています。

正倉院宝物に選ばれる材木種

正倉院宝物は9000点に及ぶ宝物群ですが、その中でも『国家珍宝帳』の初めに紹介される「赤漆文欟木御厨子」には欅の玉杢材が使われています。特異で目に馴染みのない鮮やかな模様の出る玉杢が意図的に使われています。また縞模様のコントラストが美しい黒柿や赤みを帯びた鮮やかな色味の紫檀、高貴な香りを放つ沈香などの香木なども代表的宝物に使われています。
それらは、宝物が制作された奈良時代以前の古代から神聖な意味を持ち、宗教的な儀式などで使用されたと考えられています。見た目が美しく、香りがあり、耐久性があるなどの特徴を持つこうした希少種は、現在でも銘木と区分され、高級材に分類されています。

1300年前の伐採

当時の木材利用の状況を正確に知ることはできませんが、現在のように電動機械がないことは確実です。手作業による伐採でした。当時すでにノコギリはあったようです。すべて人力で、伐採から運搬まで行われました。
そのため伐採や搬出量に限界があります。30000本に1本しか出ないとされる黒柿や、直径3~5メール級の玉杢の生じる欅を搬出するのは、危険を伴い、それらを伐採・搬出するには、伐採の経験に基づいた技術・知識が必要です。また膨大な人手が必要です。また黒柿は狙い定めて伐採することはできません。こうした希少材がどのように評価され、捉えられていたのかは推測の域は出ませんが、伐採から運搬の全てを人力で行なっていたという事実を照らし合わせると、貴重材という一定以上の評価を得ていたことは間違いありません。

1300年前の審美眼

毎年秋に奈良の国立博物館では「正倉院展」が開催されます。この十数年間、毎年20万人を超える来館者があるそうです。1300年前と現代では、想像もできないほどに時代環境が異なりますが、多くの人を惹きつけるだけの力があると言えます。
古今東西、その地の有力者が残している宝物に共通するのは、華やかで朽ちることのない貴重な素材や当時の知や技が結集する卓越した造形です。珍しさや美しさに心惹かれる感性は、時代や場所を問わないのかもしれません。

希少材が使われる代表的な宝物

赤漆文欟木御厨子 素材:欅玉杢(たまもく)

引用元:奈良国立博物館,「第七一回正倉院展」P15,一般財団法人仏教美術協会,2019.

おわりに

正倉院には日本を代表する貴重な伝世古群が大切に保管されています。
素人目にはっきりと用途が分からない御物であっても、精巧で緻密な造りから、執念、気迫のようなものが伝わってきます。その中には、現代でも貴重材として流通する玉杢や黒柿、紫檀などの希少材が使用される宝物が数多く残っています。こうした材木種には「木材はこういうものだ」という既成概念を覆す力があります。特異な木材の見た目に、心動かされる感性は、1300年前の当時も今もそれほど変わらないのかもしれません。


参考文献
大橋一章,松原智美,片岡直樹,「正倉院宝物の輝き」,里文出版,2020.
奈良国立博物館,「第七一回正倉院展」,一般財団法人仏教美術協会,2019.

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