「侘び・寂び」は、戦国時代〜安土桃山時代を生きた茶人、千利休(1522~1591年)によって普及した概念です。茶道を発展させ、茶聖という異名を持つ利休は、織田信長に召し抱えられ、その後豊臣秀吉に仕えました。晩年、茶人としての名声が高まる中、秀吉の逆鱗に触れたことで切腹を命じられ、70歳でその生涯を終えました。
「侘び・寂び」とは、質素な中に美を見い出す美意識です。戦国時代末、疫病や天災、飢餓など、明日の見えない暮らしの中で、茶道家や茶人を中心に広まっていきました。権力者の豪華絢爛を是とする価値観とは対照的な概念です。数年前にアップル創業者・スティーブ・ジョブズ氏の影響で一躍有名になった瞑想と同様に「侘び・寂び」も禅の流れを汲んでいます。
昨今(2023年)の、コロナウイルスの蔓延やウクライナ戦争の勃発など、先行きの見えない社会の中で、当時の世相は、私たちが今感じている不安感と似通っている部分もあるのかもしれません。
今回は、この利休が提唱し、ジョブズが関心を寄せた禅から派生する「侘び・寂び」と、江戸期に生まれた言葉「銘木」の関連について考察します。類似点を探り、最後に、今後の銘木のあり方について考察します。
1.侘び寂びとは?
2.銘木とは?
3.銘木に垣間見える「侘び・寂び」
4銘木のこれから
1.侘び寂びとは
「侘び・寂び」とは一見するとマイナスに見える「不完全なもの、寂びは移ろいゆくもの」に焦点を当て、それらに美しさや価値を見出そうとする価値観です。
侘びは英語で「imperfect(不完全),incomplete(不完全)」、寂びは「impermanent(移ろう)」と翻訳されます。不完全さや経年変化を単なる良し悪しで測らず、それらから感じられるいびつさや不朽に趣や面白みを捉えます。日本の伝統文化において重要な美意識の一つです。
2.銘木とは
一般的に木材全般は、寸法規格を基準に製材され流通します。それに対して銘木は、その造形や木目模様に鑑賞的な価値を置くため、一様の規格は存在していません。希少な樹種かどうか、樹齢や幹回りなど、見た目や性質によって評価されます。また宝石のように明確な等級区分はありません。
大名や寺社の要人たちは、銘木という言葉が生まれる明治期以前から、美しい木材を求め高価で取り引きを行っていました。古くから寺社仏閣、城廓の建材や家具、工芸品などに利用されています。
3.銘木に垣間見える侘び寂び
銘木と侘び寂びには、共通点があります。銘木は、歪な木材の造形に美しさがあります。また樹齢を数える巨木には鮮やかな木目があらわれます。それらを活かすために、人の手をあまり加えることなく仕上げられたシンプルな家具や工芸品が数多くみられます。
侘び寂びも、不完全な欠けや時間の経過を味として評価します。茶道具や茶室は、長年使われることで味わいが増し、美しさが生まれます。
このように銘木と侘び寂びは、不完全さや経年変化を前向きに捉えようとする点が共通しています。
4.銘木のこれから
「侘び・寂び」の一貫して質素でシンプル、ありきたりなものに美を見い出す思想は、変化の激しい現代にフィットしているのかもしれません。現代の銘木は、派手な造形美、華やかな高級感に焦点が置かれがちでしたが、その背景には時間の経過が作り出す自然美があります。これは「侘び・寂び」と通じる部分があります。持続可能性を謳うSDGsが世界的に叫ばれる中、巨木の大量伐採を背景とした、いわゆる豪華絢爛な物作りは時代にそぐわなくなってきました。
銘木は日本独自の美しい木材であり、その背景には「侘び・寂び」が見え隠れします。現代の銘木の利用にあたっては、銘木の伝統的な技術を継承しつつ、現代のデザインと融合させた製品を生み出すことで、銘木に価値を付与することができるかもしれません。
銘木は日本の自然や文化技術を代表する素材の一つであり、その美しさや価値を今後も後世に伝えるためにも、持続可能性に配慮しながら、伝統と現代の融合を模索することが求められます。
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